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いのちの食べ方  OUR DAILY BREAD
2008/05/05(Mon)
080310命の食べ方50

ドラム缶のようなものに入れられて顔を出している牛は
もちろん生きていますし、意識もあります。
壁の向こう側で嫌々この缶に押し込まれる、いいえ投入されるのです。
電撃法という方法で頭に衝撃を与え、意識を失わせます。
その次は機械により後ろ足で吊され、血抜き、精肉の工程に、
手順よく、無駄な動きなく進んでいきます。

肥育、生産過程、そして加工過程とすべてが工場のように整然と進んでいきます。
そこにはまるで生命は感じられません。
こうして生産されたものを、私たちはスーパーの精肉コーナーで購入します。

このようにして、鶏肉が、卵が、豚肉が、牛肉が、鮭が、
もやしが、リンゴが、パプリカが、トマトが、ひまわり油が、
アスパラが、キャベツが、アーモンドが、塩が生産されています。
その生産工程にも、かかわる人たちにも生命感が感じられません。
こんなものが本当に食べ物なのでしょうか。

昨日、アップした「マリア」ではわずかな食事に感謝を捧げていました。
そして、イエスが生まれました。
命に対する対極のような映画を連日観てしまい、
あれからいろいろと考えさせられます。

まだ、観る機会があると思います。
ぜひご覧下さい。
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コメント
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こんばんは、お久しぶりです。

以前、食事前に言う「いただきます」の意味を永六輔が言っていました。
「あなたの命を、いただきます」
確かこんな意味でした。

この記事を見て、その通りだったんだ~と思いました。

この映画を私も観たいと思いました。
2008/05/11 21:35  | URL | tama #-[ 編集]
-  -
tama さん

すっかりご無沙汰しておりますm(__)m

命によって、私たちの命が支えられているはず。
感謝は必要ですよね。
何で、皆さん残すのでしょう。
残すぐらいなら、最初から用意しないでよって。

そんな気持ちとは裏腹にここで紹介された生産現場には命が感じられません。
命のない物を食べ、私たちは命を繋げるのでしょうか。
2008/05/13 05:07  | URL | obtusa #oCbjO3AA[ 編集]
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