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ラフマニノフ ある愛の調べ
2008/05/11(Sun)
2007年のロシア映画。
作曲家ラフマニノフの半生を綴ったものです。
ロシアでの原題が「ライラックの小枝」というのだそうですが、
それほどにライラックが効果的に使われています。
幼い幸せだった頃の象徴として、
心を和ませ、活力を与えるエネルギー源として、
愛の象徴として。
ライラックの花の香りを嗅ぐシーンが何度も出てきますが、
どんな香りがするのでしょうか。

080505ラフマニノフ50

ラフマニノフは私の大好きな作曲家。
つらいとき、幸せなとき、勉強はドライブのBGMとして、
いつも共にあります。
ロシアの大地の雄大さと繊細さ、気まぐれさが私の琴線に触れるようです。
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いのちの食べ方  OUR DAILY BREAD
2008/05/05(Mon)
080310命の食べ方50

ドラム缶のようなものに入れられて顔を出している牛は
もちろん生きていますし、意識もあります。
壁の向こう側で嫌々この缶に押し込まれる、いいえ投入されるのです。
電撃法という方法で頭に衝撃を与え、意識を失わせます。
その次は機械により後ろ足で吊され、血抜き、精肉の工程に、
手順よく、無駄な動きなく進んでいきます。

肥育、生産過程、そして加工過程とすべてが工場のように整然と進んでいきます。
そこにはまるで生命は感じられません。
こうして生産されたものを、私たちはスーパーの精肉コーナーで購入します。

このようにして、鶏肉が、卵が、豚肉が、牛肉が、鮭が、
もやしが、リンゴが、パプリカが、トマトが、ひまわり油が、
アスパラが、キャベツが、アーモンドが、塩が生産されています。
その生産工程にも、かかわる人たちにも生命感が感じられません。
こんなものが本当に食べ物なのでしょうか。

昨日、アップした「マリア」ではわずかな食事に感謝を捧げていました。
そして、イエスが生まれました。
命に対する対極のような映画を連日観てしまい、
あれからいろいろと考えさせられます。

まだ、観る機会があると思います。
ぜひご覧下さい。
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マリア
2008/05/04(Sun)
イエス・キリストの両親、マリアとヨセフの
出会いからイエス・キリスト誕生までの物語です。
一緒に観たクリスチャンの友人の言うところ、
史実というか聖書に書かれているとおりの
物語になっているとのことです。
基本のストーリー展開に脚色はないらしいです。

ヨセフの求婚によるマリアのとまどい
そして、一年の婚約期間に入るのですが、
神の子を身ごもってしまうマリアの驚きとおそれは大きなものでした。
その試練(ではないのかもしれませんが)を乗り越え
強く成長していくマリアの様子。
また、マリアのことを受け入れ、見守るヨセフの成長も感動しました。
二人の間にも、強い愛と信頼が熟成され、
イエスの誕生につながります。

080310マリア (2)45

アメリカの映画ですが、
キャストの出身地が様々なことに驚かされました。
マリア役のケイシャ・キャッスル=ヒューズはニュージーランド。
ヨセフ役のオスカー・アイザックはグアテマラ。
ほかにイスラエル、ヨルダン、フランス、トリニダードトバコ、
アイルランド、イランなどです。
こんなところに世界の広がりと狭さを感じてしまいます。
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長江哀歌
2008/01/03(Thu)
071209パンフc
   三峡ダム建設の真っ只中、
   水没する街、残る街の人々の生活を
   二組の男女を軸に
   淡々と描いています。
   特別美しい景色が出てきたりしません。
   だけど、去っていく街並みが
   そこに生きる人々ともに
   とっても美しく撮られています。
   良い映画でした。
 


  
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モーツァルトとクジラ
2007/05/06(Sun)
数字・数学に強いドナルド、絵と音楽に秀でたイザベラ。
二人の恋の物語です♪
ドナルドの主宰する自助グループでの出会い、
お互いに惹かれ合うようになり、恋に落ち、
育む中での何度かの喧嘩、行き違い、
そしてハッピーエンドを迎える恋愛映画と言っていいでしょう。

少しだけ違うの二人がアスペルガー症候群だと言うこと。
アスペルガー症候群とは、
特定の分野では秀でた才能を発揮するけど、
対人関係や理論的思考が苦手な発育障害の一種です。

そんな二人、それぞれに相手を思いやり、
よかれと思って行動するのですが、
そんな気持ちがお互いにすっと分かり合えません。
それで、気持ちがすれ違ってしまいます。

普通でありたいと願うドナルドは、
ごく普通の家庭を作りたい思い、行動し、
普通ではないことを意識し開き直っているとも思えるイザベラと
衝突します。

愛し合っているのがけど、傷つけあってしまいます。
でも、しばしの別離を経て、
お互いの必要性を強く感じ合った二人は、
やがてこの二人らしい家族を作っていきます。

障害が表に出ていますが、
少し個性の強い人同士の恋の物語です。
そう言う意味で、二人に感情移入ができないと、
単なるラブストーリーとしてしか観られないでしょう。

「普通」って何? って考えさせられます。


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父、帰る … ロシア映画
2007/03/08(Thu)
父、帰る

監督 アンドレイ・ズビャギンツェフ
2003年  111分
2003年  ベネチア国際映画祭金獅子賞・新人監督賞

ロシアの片田舎。アンドレイとイワンの兄弟は
母と祖母と幸せに暮らしていた。 
父親は12年前に家を出て行ったきり行方不明。
そんなある日、父が突然帰ってくる。
兄弟の戸惑いをよそに、父は二人を小旅行に連れ出そうとする。
母も容認している。
道中、父は強い父親を演じるかのごとく、
ときの暴力的に兄弟にあたる。
また、仕事ができたと言って、
日程も行き先もは勝手に変更する。
それでも、兄は空白の期間を取り戻そうとするかのように
父に従う。
弟は、素直に受け入れられないままに、反抗心を募らせていく。
やがて、父の案内のもとたどり着いた湖の小島で悲劇が起き、
父は去っていく。
一週間の物語を曜日を追って語っていく構成は、
兄弟の心の動き、父の目的のわからない行動に
区切りを与える。

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父は本当に父親なのだろうか?
まず浮かぶ疑問である。
祖母も母も受け入れていることから、そうだったに違いないと思える。
ただ、彼がどういう人間で、
この12年間の過ごし方について、
何も語らないし、表現もされていない。
なぜ、祖母も母も受け入れたのだろうか?

最初1泊2日の約束で自動車旅行に出る父子。
父は仕事と称し、どこかに頻繁に長電話をする。
そのあげく、二人を連れて仕事をするという。
そのために日程が延び、
行き先もどことも知れない無人島に変わるのである。
この先にどのような秘密が隠されているのだろうか?

まるで密航者のように嵐の中、小さなボートで島に渡る3人。
島はかつて人が住んでいた形跡があるものの、
無人島。
島の真ん中当たりに、周囲が見渡される櫓と廃屋があるだけ。
父は廃屋の中から、小箱を掘り出す。
これが仕事だったのかと少しばかり納得がいく瞬間である。
と、同時にこの小箱は何?と次の疑問が湧く。
父は小箱をボートに隠しおく。

帰る日になり、事件が起こる。
我慢のならなくなった弟は逃げ出すように櫓に上り、
飛び降りてやると言う。
そんな弟を助けるべく父が無理をして櫓に上がろうとするが、
古びた櫓ゆえ、誤って落ちてしまい死んでしまう。

兄弟は苦労して、父の遺体を運ぶが、
ボートで車を乗り捨てた浜にたどり着くと、
目を離した間に、ボートは父と小箱をのせたまま、
湖に沈んでいく。
まるで、始めから存在しなかったかのごとく。

父はいったい何だったのか?
小旅行は、思春期の兄弟が計画した
冒険旅行だったのではないだろうか。
それは、12年不在の父と
決別するべく企画された時間だったのでないだろうか。
すべては二人の想像、
あるいは空想の中の父親であったのかも知れない。
父を必要としていた少年期から、
父の不在を確認し、
独り立ちしていくための儀式であったかと思う。
そんな風に考えていかないと、
父の突然の帰宅と突然の消失は説明できないように思う。
どうだろうか?
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惑星ソラリス
2007/02/22(Thu)
惑星ソラリス

監督 アンドレイ・タルコフスキー
1972年 165分

惑星ソラリスは宇宙のかなたのなぞの星。
理性を持った「海」に覆われた星。
ソラリスの観測と「海」との接触のために
軌道上に観測ステーションがおかれている。
そのステーションが原因不明の混乱に陥ってしまっていた。
心理学者のクリスが原因究明のため送り込まれる。
ステーションは、瀕死の状態であり、
二人残った乗員もなにやら訳ありの様子であった。 
ある夜、突然クリスの前に10年前に自殺した妻ハリーが現れる。
クリスにとっては、ある程度予想のついた事態であり、
一度はロケットに乗せ、ソラリスに送り返す。
が、再びハリーは現れ、クリスは受け入れる。
ソラリスはステーション乗員の心を覗き込み、
実体化することができるのであった。
やがて、二人は愛し合うようになる。
それは、古い愛の再燃であり、
同時に新しい愛でもあるようである。
やがて、ステーションのほかの科学者により、
ソラリスに処置し、幻影を消す方法が開発される。
それにより、ハリーは消失した。
やがて、場面はクリスの故郷の森に囲まれた家。
帰郷を果たしたクリスいる。
でも、何かおかしい雰囲気。
カメラが引いていくと、
それはソラリスの海に浮かぶ緑の孤島であった。

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プロローグ、川の流れにゆれる水草が、
飽きることなく映されます。
やがて、水草に見入るクリス。
さらには静かな森にたたずむ、クリスの自宅。
それらは、ソラリスの青緑色の海を暗示するかのようでした。

クリスが自宅から都市に向かうハイウエイの映像は、
首都高の映像がこれでもとか使われています。
それは、私でも知っていた有名な場面ですが、
古い日本車や東京の景色がこれでもかと映し出されます。
当時のソ連邦の人々には未来の景観であったのかもしれなませんが、
私にとっては興ざめ感とノスタルジックな感傷が浮かび上がってしまいました。

ソラリスのハリーの愛、
それはクリスの潜在意識にある古い愛であるとともに、
ソラリスのクリスに対する愛であったのではないでしょうか。
ステーションのほかの乗員にも、
必ず幻影がつきまとっていたようあり、
それらはソラリスがステーションを混乱させるために
送り込んだとは限らないと思えます。
ほかの乗員はそれぞれの幻影を
必ずしも好意的に受け入れていたとは思えず、
その点で、クリスとハリーの関係とは異なります。
ソラリスとクリスの接点であるハリーは消されてしまいますが、
クリスを愛したソラリスがクリスの故郷を
ソラリスの海に作り出すことで、
クリスをソラリスに留めようとしたように
私には思えて仕方ありません。

この映画も聖書からとったと思われる言葉が多く引用され
もう少し、場面場面の意味合いを吟味しながら
観返したいと思いました。
原作を読むことも考えましたが、
原作と映画はだいぶ違うようですし、
どこかでまた上映しないでしょうか。
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